日本より高緯度にあるウィーンでは、この季節、日本以上の早さで日照時間がどんどん長くなる。
良く晴れた先週の金曜日、妻が遅い午後に外に出る用事があったので、私とエニーも散歩がてら一緒に出ることにした。
ショッテントアの近くで簡単な用事を済ましてから市電に乗り、いつものようにフォルクス公園に行くと、今は薔薇園の花々が見事に満開である。
噴水のある十字形の池を中心に細長い芝生と花壇、それを取り囲む道の外側にはずらっとベンチが並び、その背後に様々な種類の薔薇の苗木が名前のプレートを付けられて並んでいる。
様々な種類の満開の薔薇の花々の美しさは、まさに譬えようがない。
喧噪に満ちた大都会の一角に忽然と現れた天上的な美しさ、という感じである。
花々の無私の美しさに影響されて、ここを訪れる人は皆穏やかな心になる。
ゆっくりと歩きながら、色とりどりの花をつけた薔薇の苗木とその名前のプレートを見較べて、あれこれ想像するのはなかなか楽しいものだ。
沢山ある薔薇の名前のいくつかをご紹介しよう。
「ルンバ」
「トロイメライ」
「ニコル」
「バンザイ」(!?)などなど・・・
ところで、この薔薇園にどれだけの種類の薔薇があるのか数えた事はないけれど、その中で私の一番好きな薔薇はこの二つである。
「Duftwolke」(ドゥフトヴォルケ=匂いの雲)
「Duftrausch」(ドゥフトラウシュ=香りの陶酔)
この二つの薔薇は、その名前に「Duft=(快い)匂い」という言葉が冠されているように、その花の花芯に鼻を近づけると、何とも言えぬ良い香りが馥郁と薫るのだ。
他の薔薇にも勿論良い香りのするものが沢山あるが、香りの強さではこの二つに皆負ける。
この香りを、読者の皆様にお伝え出来ないのが誠に残念だ。
いや、香りのみならずこの公園のこの一角の、穏やかで天上的な雰囲気を、私の拙い写真と文章で十全にお伝えするのは当然不可能なので、興味を持たれた方は是非、この季節のこの場所に足を運んでいただきたいと思う。
薔薇たちを眺めながら、ゆっくりと歩いていた私と妻とエニーであったが、エニーがはたと立ち止まった。
「あれ?どうしたの?」
「あぁ、やっぱり犬か・・・」
エニーは大抵の犬は苦手だ。
いつものように遠巻きに、出来るだけ離れて犬たちの前を通り過ぎる。
私と妻にとって、ここは心穏やかに楽しく散歩出来る場所だけれど、エニーにとっては少々厄介な場所なのかもしれないな、などと思った。
このあと私達は帰路についたが、時刻はもうすでに午後八時だった。